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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)6号 判決 1961年1月31日

原告 岡部繁

被告 株式会社日立製作所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「特許庁が昭和二十七年抗告審判第六九二号事件について、昭和三十一年十二月十四日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、特許第一二四、五一四号「炭車トロ等に於ける脱線防止装置」の特許権者であるが(右特許は、昭和四年十月三日出願、昭和十二年十月一日出願公告、昭和十三年四月七日特許に係るものであるが、その後特許権存続期間三年の延長が認められた結果、昭和三十年十月一日を以つて存続期間満了となつたものである。)、被告は、別紙目録記載の「(イ)号図面及びその説明書に示す炭車の車軸受」(以下単に「(イ)号車軸受」と略称する。」を自己の製品なりとし、昭和二十四年六月六日特許庁に「(イ)号車軸受は第一二四、五一四号特許権の権利の範囲に属せず。」との特許権の範囲確認の審判を請求した(昭和二十四年審判第三一号事件)。

右審判事件について特許庁は、昭和二十七年六月十九日「(イ)号車軸受は第一二四、五一四号特許の権利範囲に属さない。」との審決をしたので、原告は直ちに右審決に対し抗告審判を請求したが(昭和二十七年抗告審判第六九二号事件)、特許庁は昭和三十一年十二月十四日「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をなし、右審決は同月二十五日原告に送達された。

二、右審決はその理由において、「(前略)抗告審判請求人が本件抗告審判の請求をなすについての利害関係人であることは、原審における一件書類によつて明らかであるから直ちに本案に入つて審理する。(下略)」と説示し、以下本案に入り審理をなしたものである。

三、しかしながら審決は次の理由によつて違法であつて取消を免れないものである。

(一)、抗告審判における特許権の範囲確認の対象物である(イ)号図面及びその説明書に示すものは、「車軸の両端に各車輪を回転自在に装置し、車輪の轂筒内にボール・ベアリングを設けて車軸に対する車輪の回転を軽く保ち、車軸は車軸受の軸受孔に挿入し、車軸の円弧面をこれと同径の軸受孔上部円弧面に相接せしめ、車軸の両側から下部に亘つて遊動間隙を設けてなる炭車の車軸受」であつて、このものは、車軸の円弧面をこれと同径の軸受孔上部の円弧面に接触させることを条件としたもの、約言すれば、車軸は軸受孔上部と同径の弧面で圧接する条件を有する構造の炭車車軸受であるが、このような炭車の車軸受は過去において被告が製作した事実はなく、被告のこれまでの製品中には現実に存在していないものである。被告は現在に至るまで多数の炭車を製作しているけれども、その車軸受の構造は、いずれも半径を異にする大小円弧面の圧接すなわち異径弧面の圧接であるから、審決当時被告はその対象物たる「(イ)号車軸受」について何等の利害関係を有しないものである。いまこれを詳説すれば、本件特許第一二四、五一四号は、「本文の目的に於て本書に詳記し、かつ図面に例示する如く車軸を車体に対し廻転自在にも又固定的にも取付くることなくして、その車輪の廻転承部と別の個所に於て車体支持台の遊動孔に挿入し、車軸側に於ける小径の弧状座面を遊動孔上部の大径弧状面に圧接せしめ、その両側より下部に亘り充分なる遊動間隙を設け、支持台と車軸とが、円滑かつ容易に関係的に移動し得る如く車軸上に支持台を安定せしめたる炭車『トロ』等に於ける脱線防止装置」であり、「(イ)号図面及びその説明書」に記載するところは、前述のとおりであるから、その重点とするところは、車軸が軸受孔上部と同径の弧面で相接することを条件とするものである。この点は審決も本案の理由において「(イ)号図面及びその説明書に示す炭車の車軸受は、その説明書に記載されたとおりの構成であつて、車軸側に於ける弧状座面と遊動孔上部の弧状面とは同径のものであると認められる。よつて両者がその他の点において特に相違点を指摘し難いほど相似するものであつても、前記弧状面の異径なると同径なるとの差異ありて、車軸の円滑、容易なる左右動の有無、引いては装置全体の作用効果に格段の差異あり、両者はその構想を同じくするものとは認めることはできず。」と説示している。このように弧状面が異径であるか同径であるかということは、右の事実からみても特許権の範囲確認上、一つの重要な論点をなすことは明白で単なる附随事項として看過することは許されない。しかるに審決は、被告が現実にこのような同径弧面を用いて車軸を軸受孔上部に圧接せしめた製品を製作、販売したことの事実を確めることなく、前記二に記載したように説示し、本案に入り審決をしたことは、審判請求についての利害関係の審理、判断を誤つた違法の処置である。

なお被告が立証に供する乙第三号証の一及び三のうち赤線で囲んだ部分の訂正は、被告において、原告との間に本件特許権の侵害に関し問題が発生した後、表面を糊塗するためになした図面上のみの訂正であつて、実際は依然従前通りの異径弧面接触のものの製作を継続していたものである。かりに右訂正寸法による当金を現場で作製しようとしても、被告会社製の炭車軸受装置における支持台及び軸受は、いずれも可鍛鋳鉄を素材とする鋳放しであり、車軸は構造用丸鋼素材をそのまま使用し、ただ車軸の遊動孔内における両側面を切削したものであるから、かかる使用材料及び工作法からすれば、製作上当然寸法に誤差を生じ、正しく図面に表示されたとおりの製品は得られないから、その製品は製作上不可避の誤差によつて異径弧面接触のものができ上る道理で、到底同径弧面接触のものは得られない。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。

二、同三の主張はこれを否認する。

(一)、原告は審判手続において、第一、二審を通じて未だ曾て被告の利害関係の有無に論及した事実はなく、却つてむしろこれがあることを前提として陳述をなしておる。かかる場合被告の利害関係の有無の真偽何れにかかわらず、これを理由として訴により審決の取消を求めることはできない。

(二)、しかのみならず被告は、本件特許権が未だ消滅せず、本件審判事件が特許庁に係属していた昭和二十六、七年当時において、いわゆる同径弧面接触を有する(イ)号車軸受を製作していたものである。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第一、二号証、第三号証の一、二並びに前記当事者間に争のない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は特許第一二四、五一四号「炭車トロ等に於ける脱線防止装置」の特許権者であるところ、被告は、別紙目録記載の「(イ)号図面及びその説明書に示す炭車の車軸受」を自己の製品であるとして、特許庁に、これが「原告の右特許権の権利の範囲に属せず」との範囲確認の審判を請求した。そして原告の特許発明にかゝる脱線防止装置と(イ)号車軸受とは、他の相似点の有無を別としても、車軸の円弧面と軸受孔上部円弧面との関係について、前者(本件特許発明)が「車軸側に於ける小径の弧状座面を遊動孔上部の大径弧状面に圧接せしめ」、いわゆる異径弧面の接触であることを必須の要件としているものであるに対し、後者((イ)号車軸受)においては、「車軸の円弧面をこれと同径の軸受孔上部円弧面に相接せしめ」、いわゆる同径弧面の接触をなしている。そしてこの点の差異こそは、他の相似点の判断を別としても、(イ)号の車軸受を、原告の特許発明における「異径弧面接触」の必須要件を缺くことによりその権利範囲の外におき、審決もいうように、「両者は、その構想を同じくするものとは認めることはできず」とすべきものと解せられるところ、原告は、本訴において、被告が現在においてはもとより過去においても、(イ)号図面及び説明書記載のような車軸受の製作をしたことのないことを主張し、審決がこのような特許権の範囲確認上重要な論点について確かめることもなく、たやすく「抗告審判請求人が、本件抗告審判の請求をなすについての利害関係人であることは、原審における一件書類によつて明らかである。」として直ちに本案に入り審理をしたのは、審判請求の利害関係の審理、判断を誤つた違法の措置であるとして、その取消を求めているのが本訴であつて、約言すれば、被告の(イ)号車軸受製作販売の有無、従つて被告に本件確認審判を求める利害関係の存否が、原告の提起した唯一の争点である。

三、もつともこれに先立ち被告代理人は、原告は審判手続において、未だ曽つて被告の利害関係の有無について論及したことがなく、却つてこれのあることを前提として陳述して来たものであるから、今本訴において突如として利害関係の有無を問題として審決の取消を求めることはできないと主張するが、およそある物(方法についても同様である)が、特定の特許権の権利の範囲に属しないとして特許庁に確認の審判を請求することは、その物を過去現在において製作、使用、販売または拡布し、または将来現実にこれらの行為をしようとする等、その物が特許権の権利の範囲に属せず、従つてこれらの行為が特許権を侵害するものでないことの判定を求めるについて現実かつ直接の利害を有する者にしてはじめてこれをなし得べく、しかもかゝる利害関係の有無は、あえて当事者の申立をまつことなく、職権を以てこれを審査し、かゝる利害関係を缺くものの請求は、権利範囲の属否に関する判断自体に入るに先立ちこれを排斥すべきものと解するを相当とするから、右被告の主張はこれを採用しない。

四、よつて被告が(イ)号車軸受を製作、販売し、これについて確認審判を請求する利害関係を有しているかどうかについて判断するに、その成立に争のない乙第二号証の四(当裁判所が別件昭和三十二年(行ナ)第五号について昭和三十二年八月二十三日福岡県戸畑市日立金属株式会社で行なつた証人三原正一の証人尋問調書)及びこれによつて全部真正に成立したと認められる乙第三号証の一及び三(被告会社の合併による被承継者である戸畑鋳物株式会社戸畑工場の車軸及軸受の設計図面で、別件の甲第九号証及び甲第十一号証にあたる。)並びにその成立に争のない乙第三号証の二を総合すれば、右戸畑鋳物株式会社戸畑工場においては、昭和九年頃から車軸の円弧面の直径が六十五粍、軸受当金の中央下部円弧面が半径三十七粍の弧面をなす、いわゆる異径弧面接触の車軸及び軸受を製作していたが、昭和二十三、四年頃にいたり右設計図面中、軸受当金の中央下部の円弧面を半径三十二・五粍、すなわちいわゆる同径弧面に訂正し(乙第三号証の一及び三の図面においては、この訂正の日付をそれぞれ昭和二十一年二月二十九日及び同年三月一日と記載しているが、右は昭和二十三、四年頃の訂正を右日付に遡記したものである。)、右訂正による木型がすくなくとも昭和二十六年九月二十五日及び昭和二十七年八月二十二日当時製作されたこと、また被告が昭和二十七年中に訴外具島炭坑の注文によつて製作した2m3鋼製炭車用の径300mmボール入軸付車輪の設計図面には、車軸の円弧面の直径が七十五粍、軸受当金の中央下部の弧面が半径三十七・五粍の同径弧面を有する車軸及び軸受が付せられていることが認められるから、被告またはその被承継人は、少なくとも本件審判が特許庁に係属していた昭和二十六、七年頃において、いわゆる同径弧面接触をなす(イ)号車軸受を製作していたものと認定するを相当とする。

原告は、被告が仮りに乙第三号証の一、二、三の製作図面による当金を現場で作製しようとしても、被告の採用実施し来つた使用材料及び工作法からすれば、製作上当然寸法に誤差を生じ図面に表示されたとおりの同径弧面の製品は得られない旨を主張し、またその立証として提出した検甲第一、二、三号(被告が製作した車軸及び軸受)の当金の弧状面の半径は、車軸の弧状面の弧の半径より大きく、いずれもいわゆる異径弧面の接触をなすものであることが認められるが、すでに設計図面が前記寸法を以つて製作され、同寸法を以つて製作することが指示された以上、なるほど使用材料及び工作法によつては、その製品に多少の異同を生ずることも避け得られないところではあろうが、その基準的なものは、やはり右設計図面が指図する同径弧面に接触をなすものと解するのを相当とし、たまたま検甲第一、二、三号のように異径弧面のものが存したとしても、これを以て全体を律することは困難であるといわなければならない。

五、以上の理由により、被告が(イ)号車軸受について確認審判を請求する利害関係ありとして、本案について判断を示した審決は適法であつて、原告主張のような違法はないからこれが取消を求める原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

(イ)号図面の説明書

図は請求人の製作販売に係る炭車の車軸受を示すもので第一図は車軸車輪及車軸受等の関係を示す切断正面図第二図は切断側面図である。

1は車軸でその両端には各車輪2を回転自在に装置する車輪2の轂筒3内にはボールベアリングを設け車軸1に対する車輪2の回転を軽く保つ車軸1は車軸受4の軸受孔5に挿入し車軸1の円弧面6をこれと同径の軸受孔上部円弧面7に相接せしめ換言すれば車軸受4は車軸1上に鞍座して転動せざる如く相接せしめて車軸1の両側から下部に亘つて遊動間隙8、9、10を設けてなる車軸受である。

(イ)号図面

第一図<省略>

第二図<省略>

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